悲哀の力
ベートーベンソナタ第8番「悲愴」の第2楽章は洋楽などポップスにも取り入れられている親しみあるメロディで、多くの人が一度は耳にした事のある音楽だと思う。
ある時youtubeで仲道郁代さんの演奏と解説を聴いて、ベートーベンが作曲を手がけていた頃に難聴が酷くなりはじめ絶望の淵に立たされた中で生まれた曲がこのソナタだという事がわかり、その後から聴く方の私の心構えも変わってきた。第1楽章は重い絶望感たっぷりにはじまるが、第2楽章は絶望と苦悩と深い悲しみ(哀しみ)の果てに生み出された一筋の光のようなたおやかな曲である。ピアノで弾いてみるとゆっくり流れる音一つ一つに、苦悩と哀しみの果てにたどり着いた思いを一層強く感じられる。状況は違えど自分に重ね合わせて聴いてみるとそれは格段だ。
いつか仲道さんの生演奏を聴いてみたいなぁと思っていたら先日念願が叶いました。しかも初のサントリーホール!
プログラムはベートーベンソナタ第8番、ブラームス8つの小品集、シューベルトソナタ第19番。テーマは「悲哀の力」
三者とも「かなしみ」を音楽で表現している。
私が目当てにして行ったベートーベンソナタは一番最初に演奏された。演奏はあっという間で、サラッと終わった感じだった。期待していたものとは少し違っていた。
最後のシューベルトのソナタ第19番はベートーベンソナタを意識していて曲運びも似た作品だったが、似て非なるより悲しみ(哀しみ)がギュッと濃縮されたものだった。なるほど、ここに到達点を持ってくるためのサラッとだったのか?と意図を読み取った。
後で解説を読み直して、ベートーベンは結局「みんなのたうた」的な作曲、シューベルトは「より個人的な悲しみ」を表現した曲だとあった。確かに仲道さんのシューベルトの演奏を聴いていると、悲しみ(哀しみ)に向き合うひたむきな姿勢から底知れぬ力強さすら感じられてくる。悲しみと哀しみを味わう中でひたすら統合し直すwork。私はそんな印象を受けた。
アンコール曲は、ブラームスの「6つの小品118番の2」シューマンの「トロイメライ」とエルガーの「愛のあいさつ」
初めて聴いたブラームス、とても気に入った!ブラームスが晩年に残した小品集は、楽譜を出版する為や演奏家の為に苦心して作曲したのとは異なり、初めて心の趣くままにいわば自分自身の子守歌として書いたものと言われているらしい。
仲道さんは「万華鏡の中に入り込んだような感じ」と表現されている。
優しく語りかけるようなこの曲は、今回のプログラム「悲哀の力」を全て聴いて感じた緊張の糸を解きほぐし、さらには私の心の奥底に潜んでいる深い「かなしみ」も解き放たれたのか?自然に涙が溢れてきた。
何?この不意打ちの感動…
楽譜を確認したい!後日ピアノで音符を追ってみた。仲道さんのおっしゃる「万華鏡」に納得。静かで穏やかなメロディーが、手を動かして覗き込む模様がどんどん変わる美しい万華鏡のように、予期せぬ所でメロディーが変わり、そこからまた泉のようにメロディーが流れて行く。そして変わる…その繰り返し。終わってみればキラっと輝く万華鏡の小さな世界がかなしみを癒し受け止めてくれ、安堵とも言える幸福感だけが残っている。万華鏡の中にまで入り込めるのは仲道さんのような奏者の特権かもしれないと思った。
ベートーベンを目的に足を運んだ私だが、アンコール曲で、このブラームスに出会えて本当に良かった。
悲哀の力を感じた先に、「力を抜いて…心の赴くままにして…また歩き出せるよ」と背中を押してもらったような気がした。そんな風に感じられるのも、自分がそれなりに歳を重ねた証かな?(笑)
コンサートが終わり座席を立ち後ろを振り返ると、涙ぐんでいる女性がいた。
あぁこの方の心にも何かが響いたんだなぁと思いつつ会場を後にした。
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